「短時間で分かる現在の労働情勢」(種村 泰一 君)

2010年3月15日 (第2506回例会)

大阪西ロータリークラブに加えていただきまして2度目の卓話です。よろしくお願いいたします。

さて、私は、「労働事件」を主に扱う弁護士ですが、この労働事件には、法律の明確な規定がないため、裁判所の判断、つまり、判例が重要な役割を占める事が多い、労働者の権利擁護の観点から、労働基準監督署、労働局等々が行政的に積極的に関わることが多い、そしてその関係から「通達行政」の最たる分野といえるなどの特徴があります。また、私法の分野での大原則は「契約自由」ですが、労働者保護の観点から、法による規制がなされ、その反面、契約自由の原則が後退する場面があるという特徴もあります。さらに、一回限りの関係ではなく、継続的な関係が予定されていることから、当事者間の信頼関係が重視されるといった面もあります。そこで、例えば、解雇について言えば、「客観的合理的理由」があって、「社会通念上相当」な場合に初めて有効な解雇がなし得るわけですが、その際には、労働者の過去の働きぶりだけでなく、これに対する使用者側の対応も問題とされるなどします。それから、労働事件においては、使用者が複数の労働者を雇用していることが通常であるため、集団的・画一的取扱が要請されるということも特徴として上げられると思います。

ところで、憲法は、労働者の権利擁護の観点から、労働者が団結し、交渉し、その他団体として行動する権利を認めています。そこで、労働事件といっても、使用者、労働者間の1対1の関係で生じる問題(個別労使紛争)だけでなく、使用者と労働組合との間で生じる問題(集団的労使紛争)があります。

最近の労働事件としては、時間外労働に対する割増賃金支払の問題、これに付随していわゆる「管理監督者」の範囲の問題、それから、近時の経済情勢を反映した有期雇用者の雇止め、あるいは派遣労働者の取扱などの問題が多くなっています。また、企業がリストラを行うために、配置転換の問題、賃金の切り下げの問題、さらには人員削減(整理解雇)の問題も多くなっています。いずれにしても、企業としてはその存続がかかっているわけですが、相手方である労働者からしても、生活の問題がかかっているわけですから、一旦問題が生じると深刻な様相を呈することとなります。また、労働事件の範疇の一つとして、労災事件が上げられますが、工場内で従業員が怪我をしたといった古典的な労災事件だけでなく、職場におけるメンタルヘルス問題に起因する労災事件も増えており、また、労災事件とはならなくても、メンタルヘルス問題で休職している方をどのように取り扱うかが大いに問題となっているところです。

労働事件に対する紛争解決手段としては、裁判がありますが、最近は、労働局の斡旋、裁判所の行う労働審判等様々な解決手段が存するところです。そして、最近の傾向として、一方で現在の経済情勢を反映して、また、他方で労働者の権利義務意識が発達するだけでなく、インターネットの発達で様々な知識を得ることができ、また、弁護士や労働組合へのアクセスも容易になったことから、労働事件の事件数は増えているというのが実情ではないでしょうか。

それから、最近、いわゆる「合同労組」(企業外組合)の活躍が目立つところです。「合同労組」とは、企業内の従業員を組織しているのではなく、地域に根ざし、一人でも加入できることを特徴とする労働組合です。会社の従業員がこのような労働組合に加入しますと、労働組合から加入通知書と団体交渉申入書が送られてきます。いずれにせよ、合同労組は、労使間に生じる様々な問題に関わってくるわけでして、そういった意味では、個別労使紛争と集団的労使紛争がクロスオーバーする分野だと言えます。このような場合、内容的に適正な解決を求めるだけでなく、労働組合との対応にも気をつけていただく必要があります。対応を間違えば、不当労働行為となるということです(例えば、解雇した従業員が労働組合に加入して団体交渉を求めてきた場合、労組法上は使用者となり、団体交渉応諾義務があり、応じないと団交拒絶の不当労働行為となります。ご注意ください)。さりとて、丁寧すぎる対応をしますと、組合と合意約款、つまり、組合員の労働条件等の変更に組合の合意が必要とされるという約束をさせられ、後々企業活動に制約が生じることになりますので、その意味でも気をつけていただきたいと思います。

いずれにせよ、「労働事件」の分野は、ある意味特殊で、専門性の高い分野といえます。歯が悪ければ歯医者に行くわけですが、法律問題が生じてもそれが「労働事件」に関わるものならば、労働事件専門の弁護士に相談されることをお勧めします。また、その際には、「紛争の予防」という観点から、何か事を起こす前に、ご相談ください。