「会社におけるメンタルヘルスの諸問題」 (桑森  章 君)

2013年4月22日(第2641回例会)

 

本日は、会社におけるメンタルヘルスの諸問題についてお話しさせて頂きたいと思います。
最近は、心の病は社会問題化しており、特に会社員のうつ病自殺の増加については非常に増加の傾向にあります。会社のうつ病自殺に限って言えば、加重とされる労働が原因とされることが多くなってきています。
脳血管疾患や心臓疾患などによって会社員が死亡したケースでは、平成10年ころより長時間労働と死亡の因果関係を認める判例が次々に現れて、その後は、脳血管疾患や心臓疾患によって死亡した場合は、まずは長時間労働の有無を見るという方法が労働実務では定着しています。このことはうつ病についても同様で、一定限度以上の長時間労働の後に自殺したケースの多くは労災事故と認定されています。
これらのことから言えるのは、日常の労務管理においては、個々の社員の長時間労働にも注意を払わなければならないと言うことです。このことは会社にとっても利益となるものです。つまり、長時間労働によって疲弊した社員によって提供された労務は質が低下しているにもかかわらず、会社はその労務に対して割増賃金の支払いを強いられることになるからです。
まず,メンタルヘルスの不調により労災認定されるケースが増えていますが、どのような場合に認定されることが多いのか、またそれを防ぐには、会社はどのよなところに注意していればよいのかについて説明します。最近では、メンタルヘルスの不調に関する労災認定の増加があります。平成11年度には155件の労災申請があり、14件の認定がありましたが、平成23年度には1,272件の申請があり、325件の認定があります。このような労災認定の一般的基準として厚労省の「心理的負担による精神障害等の認定基準について」があります。これを簡略化すれば①発症のおおむね6ヶ月前に精神障害を発症させるおそれのある強度の心理的負担が認められること、②業務以外の心理的負担および個人的要因によりその精神障害を発症したことは認められないこと、があります。心理的負担が大きいと認められる裁判例としては,長時間労働等の加重労働による罹患(アテスト事件など)があります。これに対して、最近増加傾向にあるものとして、職場内のいじめ(パワハラ)によるものを原因とする精神的障害発症(日研化学事件)などがあります。これらに対する対策としては、長時間労働においては一般的な防止策が可能なもののそれ以外のものは、会社として予測困難なものも多く、従業員、特に管理職に対して、問題意識を常に持つような社風(研修などによる)を作っていくことが必要です。
次に、採用選考の際にメンタルヘルスについて尋ねてよいかの問題があります。この点につきましては、使用者の採用及び調査の自由と近時の傾向があります。具体的には、使用者が、労働者を採用する際には、使用者が採用の自由を有しており、それに伴い、その労働者に対する一定の調査権を有しているという最高裁の判例があります。しかし、最近は、個人のプライバシーについての意識の高まりがあること、病気病歴といった情報は、最も知られたくないものであることから、単純に調査の自由というわけにはいかず、調査の必要性と本人に対する説明・同意が肯定されなければなりません。従ってこのような場合の対策としては、メンタルヘルスの不調について尋ねる場合、調査の必要性が認められ、内容についてきちんと説明した上でも本人の同意がない場合は、それ自体を採否の一材料とすることは可能と考えられます。
第3に、メンタルヘルスの不調の原因が業務上の理由にあるかどうかの判断の問題があります。メンタルヘルスに関するものは多くは、私的事情を原因とするものですが、それが業務に起因すると判断されるときは、労災認定を受けたり、安全配慮義務違反による損害賠償請求の対象となることから、業務起因性の判断基準が問題となります。このようなメンタルヘルスの不調における業務起因性の判断基準・要素は加重労働によるものがほとんどですが、出張中にあったトラブルによる場合など他の理由の場合もあります。それでは業務起因性が認められる長時間労働時間数の目安はどのようなものかというと、6ヶ月間に60~84時間から100時間の間くらいの間の時間外労働があった場合が判例では認められています。このような場合の対策としては、長時間労働による緊張の連続は、メンタルヘルス不調の原因となると共にメンタルヘルスが不調となれば、能率が悪くなり、更に長時間労働に陥るという関係にありますので、会社とすれば、効率的な労働(長時間労働の回避)を考えるべきと言えます。
第4に、メンタルヘルスと従業員の受診義務・受診先の医師の指定の可否が問題となります。この点、使用者が有する安全配慮義務と労働者のプライバシーの対立が問題となります。つまり、使用者は労働者に対して労働契約上の安全配慮義務を負っており、メンタルヘルスの不調が疑われるような場合には、使用者には安全配慮義務の一環として精神科医の受診を勧める義務があります。しかし他方、精神疾患については社会的にも否定的印象があり、精神科医の受診を勧めることはプライバシーの侵害のおそれがあります。そこで、安全配慮義務の点から受診を命令することは可能であるが、プライバシーの問題も考慮して、まず受診を要請してみて、それでも従わない場合は命令を出すという方向で考えるべきと思われます。さらに、受診先の医師を指定することの可否ですが、会社側で合理性のある選択を行っているのであれば可能であると考えられます。そのような判例もあります。また、就業規則の規定の有無との関係も問題となります。就業規則に規定がないと命令はできないと言うことではありませんが、それがあれば受診命令が認められやすいという関係にあります。このような場合の対策としては、会社としてもおっくうな側面もありますが、放置するとより重大な事態に進むおそれもあり、おっくうがらずに受診を勧めるべきですし、就業規則に規定があればなおよいということになります。
これ以外にも,メンタルヘルスを巡る問題はたくさんありますが,また機会があればお話しさせて頂きたいと思います。