2011年7月11日(第2564回例会)
1.取締役の損害賠償責任に関して、「経営判断の原則」(Business judgment rule)という言葉を聞かれると思います。この概念は、アメリカの会社法で言われており、取締役の損害賠償責任の有無を判断するにあたって、裁判所は、①取締役・会社間に利害対立がないこと、および、取締役の意思決定過程に不条理がないことを審査し、②判断内容の合理性は審査しない、というものです。
日本の裁判所は、判決をするにあたって、①も②も判断します。この点がアメリカと異なります。
2.日本の会社法上は、取締役は、会社に対して、善管注意義務と忠実義務の2つ義務があるとされていますが、要件・効果等について、あまり区別して考えていません。従って、以下は、善管注意義務について述べます。
善管注意義務が尽くされたか否かの判断は、
① 行為当時の状況に照らし、合理的な情報収集・調査・検討等が行われたか、
② その状況と取締役に要求される能力水準に照らし、不合理な判断がなされなかったか、が検討され、行為当時の状況に照らし、事実認識・意思決定過程に不注意がなければ、取締役には広い裁量の幅が認められ、善管注意義務が尽くされた、あるいは、善管注意義務に違反したとは言えない、と判断されます。
次に、最高裁判例をご紹介し、皆様が取締役の善管注意義務について、更にご理解を深められる一助といたします。
3.平成23年7月15日最高裁判決の審判対象とされた具体的な事案は、おおよそ次の通りです。
① A社は、B社等を含むグループ企業で不動産賃貸借あっせんのフランチャイズ事業等を展開している。
② B社は、平成13年設立され、設立時の株式払込金額は1株5万円であった。A社は、B社の発行済株式総数9,940株の約66.7%相当の6,630株を保有しており、他にB社の株主には、甲、乙などフランチャイズ事業の加盟店などがいる。
③ A社は、A社を持株会社とする事業再編計画を策定し、B社を完全子会社とすることとなった。
④ A社の経営会議(H18.5.11開催)には、後の訴訟で被告(上告人)となるY1(代表取締役)、Y2及びY3(いずれも取締役)が出席した。この会議で、B社は、A社の完全子会社とするが、A社は、他の株主から、可能な限りB社株式の買取を実施する。株の買取価格は、設立時の払込金額である1株5万円とする、と決定された。買取価格について、弁護士は、基本的に経営判断の問題で、1株5万円は許容範囲であり、法的問題はない、と意見を述べた。
⑤ A社は、監査法人等に、B社の1株当たり株式評価額の算定を依頼したが、この時点で1株9,709円であった。
⑥ A社は、H18.6.29までに1社を除く株主からB社の株式3,160株、1株あたり5万円、総額1億5,800万円で買い取った。
4.上記のB社の株式買取に関し、株主代表訴訟が提起されたが、その概要は、次の通りです。
① 東京地裁への訴訟の提起
原告ら(A社の株主)の請求内容は、被告Y1、Y2、Y3(A社の代表取締役等)は、A社に対し、連帯して1億3,000万円および遅延損害金を支払え、というものです。即ち、被告Y1、同Y2、同Y3は、B社の株式購入価格を1株5万円としたことが不当な価格設定であり(当時の評価はほぼ1株1万円である。)、取締役としての善管注意義務違反(会社法423条1項)である。被告Y1、Y2、Y3は、A社に対して上記金額について損害賠償責任を負うべきである。
② 東京地裁における第一審判決(平19.12.4)は、 原告ら敗訴。
③ 東京高裁の控訴審判決(平20.10.29)は、原告ら勝訴。
④ 上告審である最高裁判所判決(平22.7.15)は、原判決を破棄自判し、控訴棄却(原告ら敗訴)。「(理由の一部)…B社をA社の完全子会社化することを含む事業再編計画の策定は、完全子会社とすることのメリットの評価を含め将来予測にわたる経営上の専門的判断にゆだねられていると解される。株式取得の方法、価格についても、取締役において株式の評価額、取得の必要性、A社の財務上の負担、株式取得を円滑に進める必要性の程度、を総合考慮して決定することができる。決定の過程(経営会議での検討、弁護士の意見聴取などの手続等)、内容に著しく不合理な点がない限り、取締役としての善管注意義務に違反しない。
Y1、同Y2、同Y3の判断は、A社の取締役の判断として著しく不合理なものということはできないからA社の取締役としての善管注意義務に違反した、ということはできない。…(アンダーラインは、当職が施した)