2012年6月11日(第2605回例会)
まず、私の生まれた環境から話をさせて頂きます。私は、大阪阿部野橋駅から近鉄電車で50分程度のかかる奈良県御所市から会社に通っています。最近は明日香村ほどでもないですが、葛城の古道として休みの日にはハイカーが多くなってきました。今、京奈和道路として高速道路が建設中ですが、建設予定路では竹ベラで文化遺産を発掘しています。いつになったら工事が完了するか、国直轄の道路工事ならではです。
一言主神社、九品寺の千体地蔵等を訪れる観光客が増えています。千体地蔵は南北朝時代に南朝方として戦った、この地方の豪族「楢原氏」の兵士を弔うためにつくられた約1000体の地蔵菩薩です。私は楢原村に住まいしておりますが、楢原豪族の馬の練習場だった辺りが「馬場垣」、市場のあった所が「市場垣」、道場の所が「道場垣」、庭のあった所が「園の池」と、現在もその呼び名で垣内組織が残っています。田んぼに入れる水は明け六ツ、七ツ、八ツ、九ツ、暮れ六ツと呼ばれる時間水で、細かくキチンと決められています。この昔の慣習が、そのままに現代まで残っているのは、大阪へ50分で行ける村では考えられないと世間からよく言われます。古い制度が今だに残っている村の組織は変化を怖れている証拠でしょう。南北朝時代から楢原一族の末裔として、この地を離れることなく、農業一途に何代も継いでこられた我が家の歴史故に、思考の中心は自分の代で家を絶やさないということで、何事にも冒険できず、中途半端な生き方になってしまいます…と、前置きが長くなりました。
私は昔から自分の気になった言葉、文言を名刺の裏などに忘れないようにメモしておりました。今日の卓話のために古いメモを取り出し、「私の引き出しメモ」とキザな題で聞いていただきます。
その① 農業をしながらの作家・エッセイストの山下惣一氏の言葉を紹介します。「国土の7割が山で僅かばかりの平野部と谷川沿いで細々と農業が営まれている国で、規模を拡大して国際競争力を強化するなどというのは幻想に過ぎない。農業というのは与えられてた自然環境の中でやっていくしかない。無い物ねだりは愚の骨頂で、日本でアメリカと同じ農業を目指すなら絶対に、そして永久に勝てない。」日本では生産地のすぐ側に多くの消費者がいる。生産者と消費者が混住混在している我が国で、地産地消を早くから提唱している山下惣一さんは、農産物は風土の恵みであり、その土地の土壌成分であり、大部分はそこの水分であり、「地産地消は国内産とイコールではない。あくまで地域での自給なのである」と語る。TPP(環太平洋経済連携協定)はいかがなものでしょう。
その② 私の好きな作家、野坂昭如氏の新聞のリクルート広告文言より抜粋いたします。幸せとは生きる上での選択の幅を広くすることだろうと思う。そして、それは一つの職を選んだから、これに縛られるのではなく、自由に物を考え、また判断する立場をいう。要するに個人としての自分を大事にする。それが、ひいては企業なり組織の活性化に繋がると。
その③ 人は理想や義理で動くものではない。人が動くのは利益と恐怖にである。いつの時代でも人は利より恐怖に動かされる。発言者不詳です。
その④ 昭和58年のメモで、現在は大学教授の竹内宏氏の言葉。「文化が栄えれば文明は滅びる。経済が強いのは田舎の国である。文化が進んだ国は経済が弱くなる。人間は物欲がなくなると文化にいくわけで、国が滅びる前兆である。それを防ぐには何か大きなプロジェクトを立ち上げるしかない。」個人の骨董品の蒐集、功名成り遂げ、私設博物館・美術館を後世に残せる財力はこのメモの言葉と重なります。
その⑤ 以前、「世界」の編集長だった安江良介氏の言葉。「今日ほど知識人が目の前の現実に妥協して堕落している時代は少ないと思います。一般読者は好きな時読めばいいんですけれども、知識人は絶えず自分の態度決定をしなきゃいけない。それなのに、つい目をつぶってしまうか、体制的な発言をしてしまうことになりやすい。非常に難しい状況だと思います。」昨今の原発に対する知識人を吟味するならば、まさにこの言葉は当てはまるのでしょうか?
その⑥ 山田宗睦氏で朝日新聞昭和58年12月の紙面から。「天才がいなくなったという話は、世界を表現するものが、もう個人ではなくなったということなんです。では何が表現してるんだというと、それは機構だと思います。」
その⑦ 森鴎外のヰタ・セクスアリスの中の一文。金井君という作中人物に西洋著作物からの引用を語る中に「あらゆる芸術は性欲が絵画になったり、彫刻になったり、音楽になったり、小説、脚本になったりするということにある。」この部分は、私には目からウロコでしたので、今日のために変色した古い本を取り出した次第です。
美術館・博物館にある世界に誇る芸術品とあらば、絵画や彫刻等の裸体をじっと鑑賞できます。芸術家のリビドーの排泄物…つまり、精神を正常に保つ代償が、その人の芸術作品となって後世に残る…。その辺りがエロ・グロ・ナンセンスとの違いなのだろうと思ったりします。
宮大工の西岡常一氏の、木と命、木の心、木のクセ、人のクセ、千年経った木は千年もつ、木は鉄を凌駕する、千年の時間を想う…故・西岡棟梁の生き様、映画「鬼に訊け」のパンフレットから紹介します。
随分前に読み、今は絶版になっている岩波書店刊「商人として」。和菓子・中村屋の相馬愛蔵氏の本は私の商売のバイブル本です。読んだ最初は本当に感動しました。一部分を添付します。最後に野坂昭如氏がカタログハウスの通販雑誌「通販生活」の春号に載った「昭和ヒトケタからの詫び状」…筒井康隆氏との往復書簡を紹介し、やっぱり農業の自給率が大事という言葉を添付して締めくくりたいと思います。私の拙い勝手な卓話を聞いていただき、本当にありがとうございました。