「夢を叶える再生医療」 (名古屋大学大学院医学系研究科・顎顔面外科 教授 上田  実 氏)

2013年1月21日(第2629回例会)

(担当会員:清水 美溥 君)

 

本日は再生医療についてお話をさせて頂きます。調べても出てこなかった情報の中から、アメリカでは豚の細胞外マトリックスを使うという情報が出てきました。日本とアメリカは戦略が全く違います。日本の再生医療の戦略に大きな課題を突き付けられました。今の日本で考えられている再生医療は、脳に異常が起きた、脳梗塞が起きたとします。車のタイヤがパンクした状態になっているので、病気の細胞と健康な細胞を取り替えるのが再生医療だとみんな思っていました。その細胞ができるだけ色々な細胞になって、早く増えてくれたらということで、そのチャンピオンが山中先生のiPSです。このiPS細胞を使えば脳でも心臓でも脊髄でもみんな治せるということを夢にみていましたが、現実的にはまだ皮膚か軟骨しかできていません。膝の軟骨が欠損したら、体重がかからないところから少し取ってきて培養し、移植します。骨は人工の材料を混ぜて、欠損したところもきれいに治ります。皮膚の場合、人の細胞で作った薄い透明の膜、牛乳を煮沸したら表面に薄い膜が張りますが、あんな感じのものを人の細胞で作ることができます。
気を付けなければならないのは、細胞培養という操作を必ず行いますので、細胞を外に取り出して培養する間に腫瘍にならないかということ、悪い細胞を移植してしまう可能性があります。脳に細胞を移植することを仮定した場合、移植した細胞がくっついているのかどうか分かりません。また、移植した細胞は1~2週間でなくなってしまうということを言う人もいます。物凄く性能の良いiPSのようなものを作ったとしても、それが働いているかどうかという大きな疑問があり、それが私たちにとって一つの壁になります。
水もガスもない砂漠に家は建てられない、環境を整えなければなりません。環境を整えるために何が必要か、それが私の研究テーマです。うまく環境を整えればおそらく細胞は集まってくるだろうと。どうも細胞が分泌している再生因子、サイトカインという蛋白質、それと細胞外マトリックス、この2つのもので家を作っているのではないかということが分かってきました。家を建てると子供が集まって、村ができて森ができるのではないかと仮説を立て、それを少しずつ証明してきました。動物の頭に再生因子を注入し、色素をつけた細胞を入れますと、体中の細胞が欠損したところに集まってきます。我々の戦略はサイトカインと細胞外マトリックスを使った新しい再生因子をつくって、それで難病を治療しようというものです。ちょうど5年ぐらい前、iPS細胞全盛期で、その蔭に隠れて私たちは進めてきました。
この方法の特徴は細胞を使っていないこと、細胞の分泌する蛋白を使って病気を治しており、体の中の細胞の自然治癒を期待しています。どんなところに使っているかというと、例えば外科手術の傷跡を治す、アトピー性皮膚炎もなかなか良い治療法がなく、ステロイド軟膏を使いますが副作用があります。この方に2週間、培養液を塗りました。こういった治療は必ずしも全部に効くのではなくて、効くケースもあれば効かないケースもあります。そして私たちが一番力を入れている糖尿病、事実上、今は保存療法しかなく、根治療法としてインシュリンを作るβ細胞がずれているという所見を得ています。
我々がターゲットにしているのは皮膚や軟骨ではなくて、初心に戻ろうということで難病を治そうというのがテーマです。脳梗塞、パーキンソン病、アルツハイマー病、脊髄、これらは中枢神経の病気で、対処療法はありますが治す方法がありません。糖尿病、肝硬変、心不全も対処療法しかありません。リュウマチ、心筋梗塞は死亡原因第2位、こういう病気を再生医療でチャレンジしているところです。
脳の動脈に血栓ができてしまう脳梗塞、そしてパーキンソン病、独特の歩き方をして方向が変えられません。手が震えます。ドーパミン分泌細胞の変性だろうと言われており、ドーパミンを注射で入れると少し良くなります。培養した幹細胞の培養液を使って、その中に細胞外マトリックスと蛋白が入っています。これは砂漠の家のような構造をしていて、そこに細胞を自分の体の中から呼び寄せようという戦略です。そこに使うのは乳歯、骨髄細胞、臍帯細胞など色々な幹細胞を使って、体の役に立つような再生因子を作っています。投与の方法として中枢の中に入れなければならないので、脳の場合は鼻から入るルートを見つけました。これだけの準備ができていますので、本当に治るとかどうかハツカネズミで実験し、鼻から再生因子を入れたところ、脳の梗塞が小さくなることが分かっています。それでは再生因子を投与した脳梗塞の治療例を幾つかご紹介させて頂きます。私たちの経験では30日以内に治療を開始しなければならず、それ以降になると恐らく細胞移植をしなければならないだろうと思います。パーキンソン病の場合、ドーパミン治療で効果がなかった方に投与させて頂きました。三例中一例の方だけ効果があり、その理由についてはこれから調べていくしかないと思っています。
我々の戦略ということで、脳の再生医療だけのまとめですが、細胞は使わず、細胞が分泌している蛋白を結晶化させたものを骨髄などから持ってきて使います。生きている細胞を移植しませんので腫瘍化することはあり得ません。そういう安全性と、効果は恐らく急性期に使えば細胞移植と変らないと思いますので、これからこういったものが製剤化されていくものと期待しています。再生因子を使う医療は薬物療法ですので安全性が高く、腫瘍をつくるリスクが全くなく、有効性も優れ、コストも抑えられますので、新しい再生医療の戦略として注目されているところです。日本も高齢化が進み、脳の疾患も増えてきますので、それに備えて安全かつ有効性の高い治療方法を考えて、夢を叶える再生医療として実用化できますよう皆様のご支援をよろしくお願いします。