「行動はうそをつかない」 -行動観察技術のビジネスへの応用- (大阪ガス株式会社 行動観察研究所 所長 松波 晴人 氏)

2012年5月14日(第2601回例会)
担当会員:出田 善蔵 君

 

サービスサイエンスとは、これまで「勘と経験」の占める部分が大きかったサービスに、科学的手法を導入し、生産性を上げ、イノベーションを促進する新領域のことです。サービスには「無形、保存できない、作られると同時に使われる」という特性があり、そのためこれまであまり科学の対象にはなってきませんでした。しかし、サービス業の生産性が低いことを懸念している経済産業省がサービス産業生産性協議会を立ち上げましたし、産業総合技術研究所にサービス工学研究センターができ、さらには文部省も科学技術振興機構を通じてサービスサイエンスの研究に予算をつけるなど、国レベルでその重要性が高まってきています。
一方、商品開発や新規サービス開発においても、成熟した現在の市場であらたなイノベーションを起こすべく、従来のアンケートやインタビューに留まらず、フィールドでの人の行動をつぶさに観察することが求められています。IBMやP&Gといった企業では観察のプロフェッショナルが雇われ、様々なフィールド観察によるニーズ調査を実施しています。
大阪ガス行動観察研究所では、現場の生産性向上も、新たな商品開発も、どちらもサービスサイエンスであるととらえ、様々なフィールドでの人間の行動を観察することにより、生産性向上や付加価値提案に寄与してきました。
その手法は3つのステップにより成り立っています。まずは現場に足を運び、人間の行動をつぶさに観察することでその実態をよく調べる「観察」。そして観察によって得られた人間の行動や実態を人間工学や心理学の観点から構造的な解釈を試みる「分析」。そして解釈結果をもとに改善・解決案を検討する「改善」です。
すでに大阪ガス行動観察研究所では300件以上のプロジェクトを実施済みです。たとえば、以下に示すような事例があります。

 

 

1)付加価値向上の事例
商品開発・サービス提案のための潜在ニーズ調査
中国人の生活ニーズ調査
書店の店舗設計  など

 

2)生産性向上の事例
営業ノウハウの共有
お客さま記憶ノウハウの共有
厨房の生産性向上
オフィスの生産性向上
工場のモチベーションアップ
工事の安全性向上  など

 

たとえば潜在ニーズ調査では、主婦と1日一緒にすごさせていただいて、その中からまだ誰も気づいていない潜在的なニーズを抽出しました。たとえば、家事には達成感がないのでアウトソーシングしたい、といったニーズです。
また、営業ノウハウの調査では、優秀な営業マンと普通の営業マンにそれぞれ同行して言動を観察し、営業ノウハウがどこにあるのかを調べました。すると、優秀な営業マンの言動には心理学的な根拠があることがわかりました。また、多くのお客さまを記憶しているホテルマンが行っている努力は、認知心理学の知見に合致していることがわかりました。これらのことから、サービスの現場で成果を出しているところにはしっかりとした理由があり、その理由には科学的根拠があることがわかってきました。現在では得られたこういったノウハウやスキルをさらに現場にフィードバックして教育や研修などを実施しています。
オフィスの行動観察では、ホワイトカラーの生産性の向上に取り組みました。ある職場の人達の間では、「上司が話しかけすぎで生産性が落ちている」というのが共通認識でしたが、実際に詳細な定量調査を実施したところ、「上司がはなしかける」ことは全く問題になっておらず、「同僚同士の話」と「電話」が集中を妨げる要因となっていることがわかりました。このように問題の本質をしっかりととらえた上でソリューションを実施すると、効果が現れます。
さらに、工場の調査では、モチベーションの向上により生産性やヒューマンエラーの問題が改善することがわかりました。
このように、今後は様々なフィールドに入り込むことで、人間の行動をよく知り、そこから深い洞察を得ることで付加価値の高い製品・サービス開発や、様々な業務の生産性を向上させることが重要となってくると考えられます。
ニーズが多様化して主観的に価値を判断される時代に新たな付加価値を提案するためには、そして様々な現場で生産性を向上させるためには、どのような「人間の経験」が生まれているのか、を見つめなおすことが重要です。