「国際奉仕について」 (特定非営利活動法人かものはしプロジェクト 共同代表 村田早耶香 氏)

2011年2月7日(第2544回例会)

(担当会員:藤井 恭一 君)

 私どもは9年前、私が大学3年生の時に「かものはしプロジェクト」を立ち上げました。19歳の時に現状を見て、何とかしなければという思いで立ち上げたものです。
皆さんにお伺いしたいことがあります。18歳未満のお子さん、お孫さんはいらっしゃるでしょうか。6歳のお子さん、お孫さんはいらっしゃいますか。6歳のカンボジアの女の子との出会いが私の人生を変えました。その子は売春婦として売られ、被害者の保護施設で出会いました。カンボジアでは貧しいがために5歳から売春婦として売られるという現実があります。その対価はたったの1万円、嫌がると殴られたり蹴られたり、親元に戻ることは一生叶わないそうです。幼い弟妹を助けるために、親は薄々気づいてはいても選択肢がなくて、泣く泣く手放します。私が何日かアルバイトをすれば稼げる金額で、人の一生が滅茶苦茶になるのを目の当たりにし、何とかしなければいけないと思いました。
2003年にアメリカのニュース番組が特集をして撮影したものをご紹介させて頂きます。1人3,000円で大人相手に体を売っており、聞きつけた警察官とNGOのスタッフが子供たちを助けようと踏み込んだところです。2003年当時で約15,000人の18歳未満の強制的な売春の子供たちがいたと言われています。買っているのは、現地の人、海外からもやってきます。麻薬なども押収されます。14歳の子、小学生の時に声を掛けられて、カフェで働けると言われて親孝行のために連れて来られたのが実際には売春宿だったそうです。保護施設には沢山の子供が保護されており、感情を表に出せないぐらいまで傷付けられ、国際機関からは最悪の形態の児童労働だと言われています。子供の心と体を一番傷つける労働であり、エイズに感染して亡くなる子、精神的な影響としてトラウマの症状が出ている子、16歳で妊娠している少女、精神的な苦痛から一人が命を絶ってしまいました。
この背景にあるのは、売られてしまう境遇にある子が沢山いて、買う側も沢山いて、被害者がどんどん増えているという状況です。法律が整備されておらず、警察がきちんと取り締まらないということもあります。エイズが蔓延しており、子供であればエイズにはかかっていないだろうということのようです。こうなってしまったのには、過去30年ほどの歴史が関係しています。アメリカとベトナムの戦争に巻き込まれる形で70年代から内戦が始まりました。90年代に入ってようやく平和が訪れますが、結果的に売春宿が沢山できて、貧しい農村から都市部に売られてきます。
カンボジアはタイとベトナムに囲まれ、日本の約半分の国土に約1,400万人が住み、主要な産業は観光業と農業、縫製産業が盛んで、都市部と農村部の格差が非常に大きくなっています。カンボジアの辛い歴史は、ポルポト派という勢力が一時期政権を握っていたことから、国の基盤を失うことになりました。リーダー不在の状況の中で復興に非常に時間がかかって、貧困から抜け出せない人たちが沢山でてきて、1日1食、食べられるかどうか、屋根のある家で生活できない人たちが全人口の18.7%を占めています。
この問題に立ち向かうために私は20歳の時に仲間と3人で団体を作りました。元々国際協力に興味があり、色々な国際問題を勉強する中で、大学2年生の時に先生からカンボジアの現状を聞きました。21歳でエイズで亡くなった女性の最期の「学校に行って勉強してみたかった」という言葉、一年間の学資があれば、1万円で売られていく少女たち100人近くを救えたのに…という思いで現場を見に行ったのが19歳の時です。帰国後、いたたまれなくなり、色々と調べていた時、児童買春をなくすための世界大会が日本で開かれ、日本の若者代表として参加、外務大臣や法務大臣に話を聞いてもらう機会を得ました。それまでにひたすら意見をまとめて100人近い大学生の声を集めて提案させて頂きました。その後、法律を改正するために、予算が変わるように働きかけをしたり、一緒に活動できそうな既存の団体に話をしましたが一向に進まず、そんな時に出会ったのが今の仲間2人です。その後、NGOとしてやってきており、世界中の児童買春の状況を調査したところ、カンボジアが一番ひどく、職業訓練によって経済的に自立させるというプロジェクトを作りました。就活の時期になり、私が国際協力に関心を持つようになったのは両親の日頃の教えが影響しているにも関わらず、「あなたにできるはずがない」と反対されましたが、「悔いのない自分の人生をいきたい」と覚悟を決めました。ただ、両親の理解だけは得たいと思い、機嫌の良い時を見計らって、自分の夢を語ったら、最後には「いいよ」と言ってくれて、本当に嬉しかったです。当初月収5万円でもやっていけたのは親のお蔭だと思っています。
大学卒業後はカンボジアに行って、現地のスタッフを採用して、基盤を整えて事務所を開設し、現地での活動を始めることができました。具体的には、 コミュニティファクトリー事業、カンボジアの貧しい農村で、女性たちに職業訓練と雇用を提供、雑貨を作って販売し、 一家の経済的自立を目指しました。お昼休みには読み書きを教えました。次に孤児院支援 、ストリートチルドレンや親のいない子どもたち、売られる危険性の高い子供たちを保護することで、教育を受けられるようになります。3つ目は警察訓練支援、子供を買っている人を捕まえたり、被害に遭っている子供たちがきちんとケアが受けられるようにサポートしており、現地の内務省の人たちと一緒に活動しています。買わせないこと、売らせないこと、その両方を通じてカンボジアの児童買春をなくそうとしているのが、当団体の取り組みです。この度、大阪西RC様、大阪リバーサイドRC様、岡山の玉野RC様の3クラブで当団体の活動をご支援頂くことになり感謝しています。今後ともどうかよろしくお願い致します。