「日本茶の歴史と茶業の現状」  (只井 恒満 君)

2011年11月28日(第2580回例会)

本日は、「日本茶の歴史と茶業の現状」についての話をさせて頂きたいと思います。

まず、お茶はいつごろから飲まれていたかと申しますと、今から約2000年前、中国の前漢の時代に書かれた、「僮約(どうやく)」という書物にお茶が飲まれていたという記述があることから、そのころから中国で飲まれていたことが分かっています。我が国では今から約1300年前の奈良時代に宮中でお茶が飲まれたという記録がありますが、その頃飲まれていたお茶は「団茶(だんちゃ)」という団子状に固めたお茶でした。昨年、奈良県で平城遷都1300年祭が催されましたが、その時「天平茶」という名称で団茶を復元したものが提供され、話題をよんでいたことは記憶に新しいことです。今ではだれでも普通に買って飲むことができるお茶も昔は簡単に飲むことのできない大変貴重な飲み物でした。お茶がまだ中国から来る船でしか手に入らなかった奈良時代には現在のような嗜好品ではなく、医薬品として扱われ貴重な存在でした。当然、手に入る量も少なく、貴族や高僧など一部の人々のみに限られていました。平安時代に中国からの帰国僧によりお茶の種子が日本に持ち込まれ、鎌倉時代には静岡県や京都府、福岡県、鹿児島県などの主要な茶産地でもお茶が栽培されはじめました。この時代には、粉状の茶を湯で溶かし茶筅で練って飲むという今日飲まれているような抹茶の飲み方『抹茶法』を栄西禅師が中国で学び、日本に伝えたことにより、武家社会を中心に抹茶が広がっていきました。一般の庶民がお茶を口にするようになったのは江戸時代といわれており、番茶に近いお茶を煮出して飲んでいたようです。現在飲まれているような緑色をした煎茶は江戸中期に宇治田原町の永谷宋円が発案しました。明治時代には、お茶は生糸に次いで第2位の輸出品でした。蒸し機や焙じ機、揉み機といった製茶の機械は日本の特許制度が始まってすぐに出願し承認された第2号、第3号、第4号で、いかに当時のお茶が重要な産物だったかを物語るものだと思います。この製茶機械の普及により、日本茶の製造は飛躍的に発展し、全国の荒茶(お茶の原料)生産量は明治9年に約9千トンだったのが、平成23年には約8万3千トンにまで増加しております。以上、おおまかではありますが、日本茶の歴史を説明させて頂きました。
次に茶業の現状について説明させて頂きたいと思います。平成23年度の全国のお茶の生産量(約8万3千トン)の内訳は、静岡県の約3万3千トン(全体の約40%)を筆頭に、鹿児島県が約2万5千トン(同約30%)、三重県が約6千トン(同約8%)と続いております。世界全体では約390万トンのお茶が生産されていますが、日本は世界第8位の茶生産国で、ほとんどが緑茶です。日本茶は明治期には主要輸出品として活躍していましたが、近年では外国からの需要が少なくなり、約2千トンにまで落ち込んでおります。外国からのお茶の輸入は平成13年にピーク(約6万トン)をむかえ、平成23年度は約4万3千トンのお茶が日本に輸入されております。平成23年度のお茶の国内消費量は約12万4千トンになりますので、約7割が国内産のお茶で約3割が外国産のお茶ということになります。緑茶は、ペットボトルの普及にもかかわらず、消費量は8万9千トンほどにまで落ち込んでおり、過去40年間で最も低い水準になっております。茶葉を扱う町の茶専門店も年々減少傾向にあり、東京都や大阪府など消費地の茶商組合加盟業者は昭和58年に合計で803の業者がありましたが、平成23年現在で344にまで減少しております。今後も急須で入れる「茶葉」の消費は減少する傾向にあるといえます。また、農業面から見た生産地の現状としても、急須で入れるお茶離れの影響により、進物品などで使用されていた価格の高い一番茶(春摘み)の価格が低迷し、農家の収入が減少傾向にあります。さらに山間地に茶園が多い産地では、農作業時に労働負担の大きい旧来の機械から改善できず、収入も減少傾向にあることから、後継者不足、農家の高齢化、廃園といった問題があげられます。また、このような産地では農家の集約化(複数の農家で茶園や工場を管理運営)が進んでいます。
今年3月の東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所の放射能事故により、国の暫定規制値を上回る放射性物質を含んだ茶葉が見つかったことや風評被害によりお茶全体の消費はさらに落ち込んでいます。お茶がどのようにして放射能に汚染されたかについて農水省の見解では、事故で大気中に放出された放射性物質が風で各地に運ばれ、降雨などにより、葉に付着したものが時間をかけて茶樹に浸透し、萌芽した新芽にあらわれたとされています。実際に、春摘み、夏摘み、秋摘みと回を重ねるごとに茶葉に含まれる数値は格段に減少してきており、放射性物質は茶樹に留まらないことが明らかになっていますので、来年の新茶ではおそらく不検出になる産地が多いと予想されます。
最後に日本茶の効用について取り上げたいと思います。今年1月に放送されたNHKの「ためしてガッテン」で『お茶!がん死亡率激減!?超健康パワーの裏ワザ』と題して静岡県掛川市の話題が取り上げられ、非常に大きな反響を呼び、産地ではお茶が品薄になる状況にまでなりました。静岡県掛川市は全国の10万人以上ある市町村の中でがんによる死亡率がもっとも低く、特産品である深蒸し茶を多くの住人がたくさん飲む習慣があることがその原因ではないかということを検証するような内容でした。番組内でも紹介された掛川市民総合病院の鮫島先生は、緑茶の主成分であるカテキンは人間が口にする食品の中で最も強力な活性酸素消去作用をもっており、放射線障害を緩和する効果も大いに期待できると述べられています。(平成23年7月14日日本農業新聞掲載)
お茶は1300年前に中国から医薬品として伝わり、その後日本の食文化を代表する嗜好品として長く親しまれてきましたが、近年緑茶の持つ機能性が様々な研究成果から明らかになり、健康的効果を期待できるものとしての需要が高まりつつあります。どうか、皆様も風評被害に惑わされずに、これからも日本茶をご愛飲頂きたいと思います。ご清聴頂きまして有難うございました。